脱「大本営発表」のススメ〜なぜ日本で探査報道が必要か

東京・乃木坂のレゲエクラブで、ワセダクロニクルのメンバーとレゲエミュージシャンが対談していた時のことです。日本のレゲエ界で女性DJの草分け的存在として活躍してきたムー・ファイアさんが、こんな疑問を投げかけました。

「日本のメディアは、『政府がこういいました』っていう大本営発表に頼り切っているなと感じます。どうしてそうなるんでしょう?」

この疑問への回答が、「なぜ日本で探査報道が必要か」ということへの回答でもあります。

ウソはなくても真実がない

ムーさんがいう「大本営発表」とは、戦時中に天皇の直属機関として戦争を指導した「大本営」による公式発表のことです。実際は負けた戦いを「勝った」とウソをつき続けました。新聞をはじめとしたマスメディアは大本営発表を垂れ流し、軍部・政府と共に国民を騙しました。ムーさんはこの「大本営発表」と同じようなことが今の日本でも繰り返されていると感じているのです。

ムーさんだけではありません。プロのジャーナリストが情報発信の担い手であるはずのマスメディアに対して、多くの読者・視聴者が不満を持っています。あからさまなウソはないにしても、政府や大企業に忖度して「本当のことを伝えていない」と思っています。こうした読者・視聴者のメディアへの不信感は、本欄をお読みいただいているみなさん自身が日頃から感じ取っていることではないでしょうか。

首相と食事をしたことを誇る文化

いまだに「大本営発表」がゾンビのように生きている大きな要因は、記者クラブを中心にした取材態勢にあると私は考えます。

記者クラブは、東京の省庁だけではなく、地方自治体や警察など日本全国の官公庁にあります。新聞やテレビなどマスメディアの記者は記者クラブに加盟し、当局から様々な便宜をはかってもらいます。取材拠点にする部屋を庁舎内に設けてもらい、報道発表資料やレクの提供を受けます。

各社の記者の競争は「いずれ当局が発表することを他社に先んじて報道する」ことが中心になっていきます。公式発表を事前に報道できなかったのが自分の社だけだった場合は「特落ち」といわれ、その記者クラブの担当者として社内で叱責されます。

当局による公式発表をめぐり、取材競争は激化します。記者は当局の幹部の自宅を早朝と夜に訪れて取材する「夜討ち朝駆け」を行います。当局の幹部といかに近い関係になるかに腐心します。マスメディアの幹部たちが、安倍首相と食事をしたことを誇る文化はこの記者クラブ型取材に根差しています。

しかし、考えてみてください。記者たちがそのような努力で入手して報道した当局の情報が間違っていたら、まさに「大本営発表」の再来です。

実際、数々の冤罪事件は当局の捜査情報を検証もしないまま報じた末に起きました。戦争以来の国の危機である東日本大震災での福島第一原発事故、新型コロナパンデミックでも「大本営発表」とマスメディアの蜜月は健在です。

「斬れば血が出る記事を書け」

探査報道は、記者クラブ型取材とは真逆にあり、だからこそ日本社会に必要です。「明日わかることを今日報じる」のではなく、「自分たちが報じなければ埋もれてしまう真実を報じる」のです。当局が隠蔽する情報を暴露します。

そうはいっても記者クラブに所属し、当局取材で専門知識を得て人脈も作らないと探査報道はできないのではないか?

よくこんな質問を現役の記者から受けることがあります。私自身、朝日新聞に所属していた時に上司から「省庁の記者クラブを経験し、その分野の足場を築いてからでないと探査報道はできない」といわれたことがあります。

しかし、そんなことはありません。記者クラブでの取材を経験しなくても探査報道はできます。必要なのは、記者クラブでの経験ではなく、探査報道のノウハウです。探査報道には、不正を行っている政府機関や大企業の中に協力者を持つことが欠かせませんが、それも記者クラブに所属していなくても可能です。ノウハウがあります。

記者クラブにいて当局のパイを各社で食い合っているのと違い、探査報道は手間暇がかかるしリスクがあります。私は先輩から「斬れば血が出る記事を書け」といわれたことがありますが、相手の返り血も浴びる激しい仕事です。

それでも探査報道にはやる価値があります。何より、戦争以来の「大本営発表」から抜け出し、日本のメディアが信頼を取り戻すには必要だと私は思います。